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ひさびさに

香港に来ましたので、
久々にFC2ぶろぐ開いてみましたが
イヤラシコメントでいっぱい(笑)
全部削除いたしまして
許可制にいたしました。
困ったものです

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ぱんださんより伝言

http://ameblo.jp/pandar78/

に移動いたしました。
よろしくお願いいたします。

ブログ交換日記75

「雑用」

灰釉について。

以前は名古屋市守山区に12年住んでいまして、その時は電気炉で薪還元でした。
住まいの裏手が尾張旭市の県森林公園で。


ということは我が社の社長が今住んでいるところの近辺だったのかも知れません。
身近だったということで、唐九郎さんのこともあれこれ詳しく。

「大森金城学院に犬の散歩と称してはちょこちょこ行ったものです」
とうらやましい。

自然の灰釉を造る為に松くい虫の食べた、「松」が周辺に切って放置してありまして、自分用にと勝手に判断して自宅に持って帰り灰釉を作っていました。

自分用(笑)
ぱんだであっても間違いなく同じ行動をとることと思われます。

自分で燃やして、灰を集めて、バケツに入れます。その中に水を入れます。
一晩寝かし、翌日、バケツの中を攪拌すると「灰のアク」がぶくぶくと出て来ます。

そのアクを取り除き、又沈殿し、翌日、攪拌アク取りと繰り返します。
そして、適当にアクを取って、長石を適量加えて「松灰釉」の完成です。


とそうなのですよね。
灰釉はこれまで自分で作ったことはないのですが、どうも手間のかかることのようであります。
それこそトラック一台分の木なりからどんぶりに一杯くらいしか灰が取れないだとかいう人もいますし。いったい20先生はどのくらいの松を自分用と持ち帰ったのでしょうか(笑)

べ-スは赤土でないとグり-ンのビ-ドロ釉に成りません。還元をきつく掛けますと。美しいグリーンになります。

灰の水簸をしっかりやらないと「ぶく」が出ます。所謂、釉薬の面に水泡の後のようなぶくです。
また、水簸をそこそこでやりますと、「灰汁・アク」が残っていて、釉薬が濃い所が白濁します。


ふーむ。手間はかかってしまうようですがきれいなビードロは魅力的であります。
灰釉にも挑戦してみようかしら?いや、これ以上手を広げると全部中途半端になりそうなので自粛。

民芸的な作風はこの「アク」を取りきらない所が良いようです。所謂、「泥臭さ」が出ます。

小生は一番嫌いな点です。


いたたた。
厳しいですね。

男性だと自分の感情をそのままむき出しで出すことをよしとする感覚がありますわな。
灰汁はとらない、なるべく原土でどーんと。
こんな荒々しい私をみて、と。

僕も陥りところなので気をつけなくてはならないところなのですが。

作品というのは自分の分身であるわけですが、
ぱんだ自身これまで生きてきた過程振り返ってみて、もっている個性才能そのままどーんと人の前に放りなげても残念なことに通用しないですよね。
時に人の話を素直にきいたり、かといいつつも絶対に譲らない部分もありつつ長い年月かけてみがいてやっとのことで通用するのが個性才能なわけで。

せっかくの天然原料なのにと思うところはありますが、
それに甘えてしまうとくせになってしまう危険性がありますわね。

修了生で「蜜柑の皮」で灰釉を作っている人います。瀬戸の「おふけ釉」と同じ釉調です。
少し、ぶくが出やすいようですが、きれいなビ-ドロです。

豊橋の蜜柑の産地で缶詰工場から貰ってくるんだそうです。


へー。蜜柑!
豊橋のうなぎやさんから備長炭の灰をもらってきて黄瀬戸を作っているという話をきいたことはありますが(たれから出る塩分がやや邪魔をするとからしいですが)
蜜柑は初耳であります。

また、長野(信州)の修了生は林檎の灰釉を作っています。釉調は部分的にピンク色に発色していました。

と草木類の灰は、不思議と生きていた時(ちょっと言い方がおかしいですが)の色がでるだとか聞いたことがありますわ。りんごならばりんごっぽい色がでるし、葡萄ならば葡萄のような色がでるだとか。

ここで、間違えないように言っておきますが、「土灰釉」とは、土を焼いたものではありませんよ。   お分かりですよね。

土とは、一般的に雑木を焼いたものです。木の灰ですので。
どんな、木でも灰釉になります。

「青磁」で有名な神奈川の「鈴木三成先生はゴムの木」の灰で見事な青磁を出しておらります
わざわざ、インドネシアから取り寄せておられとか。


インドネシアからわざわざ?!
あちらで焼いて灰の状態で持ってくるのでしょうか?それとも
「木の焼き加減で色が変わってくるから」
とのこだわりで「木」の状態で持ってくるのでしょうかね?

と上司のIさん近々インドネシア工場に出張だそうで(出来れば連れて行っていただきたかった)
お土産に
「ゴムの木」
お願いしますかね(笑)

また、常滑の「大迫みきお先生は竹灰です。これも複雑な白濁調の濃い色の釉薬です。」

竹ですか。ホントいろいろとみなさんチャレンジしているのですなぁ。

こんな、感じで灰釉は周辺に存在するものを活用できます。

灰、単体では釉薬になりませんので、どんな長石(ガラス質)と合成するかで、またまた、変化の巾があります。


と記事にしたことありましたっけ?
16世紀くらいの沖縄のお茶碗をみると、偶然ではなくあきらかに故意に粘土に豚さんの骨がはいったものがでてきたのだと。
そうやって昔の人って身の回りにあるものをだめもとだったりしながらも、どんどんと試していたんだろうなと。灰釉ももともとは窯まわりの灰をためしに茶碗に塗ってみたところからのスタートなのだろうし。
そういうことを考えていくと、日本の陶芸って堅苦しいところがあるけれども、もともとは
「なんだ僕とそう変わらないじゃん!」
とむかしの職人さんに親しみがわくのであります。

小生の現在は「合成土灰」で代用しています。

同じ様に水簸して、アクを抜いて使用したり。作品に必要な箇所にCMCを塗っておいて、上から篩(通し)で作品に直接振り掛けます。

また、霧吹きで水と一緒に吹き付けたり、マスキング(ガムテ-プ)した上から降りかけたりしています。

勿論、赤土・還元が必須の条件です。酸化をしては意味がありませんよ。


なるほどー。
我が社釉薬関係のものがやっぱり少ないよなぁ。
合成土灰も注文が入れば、日本の本社から直接お客さんのところにいっちゃうから、中国工場にはないですしね。

まだ、「貴重な雑用」は続きます。

はー。こういうことの積み重ねが「雑用」なわけですな。
明日ついに訓練校の悪がきさんたちが中国にいらっしゃいます。
ぜひ「貴重な雑用」に時間を費やしていただきたいとそうおもっております(笑)

18位ちょっとあがりましたありがとう。
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ブログ交換日記74 後半

ああ、小生は9・10日に妻の実家(四国・香川県・善通寺市)に家族全員で里帰りです。
長男の車で7名同乗です。帰りは長男夫婦は四国観光めぐりにて新幹線で帰ってきます。
善通寺市は現在、妻の兄夫婦が住んでいます。門前町で落ち着いた所です。
弘法大師の生誕地で「お大師様」の善通寺があり、お婆ちゃんの従兄弟が住職のかんち院に爺ちゃんの墓がありますので子供達に教えておく為です。


四国よいですね。
一度だけ行ったことがありますが、坂本竜馬のこともよく分からずに桂浜で海に向かって「うぉー」っと叫んだくらいで(笑)
司馬遼太郎さんの「空海の風景」なる司馬さんにしてはかなり異色な上下巻の本も読みましたが、宗教人以前にひとりの人間が国家に対していかに働きかけ、取り入れられ、かといって自分を曲げすぎずに1600年後の今まで受け継がれているということを感じ入りながら読みました。

そういえば石鎚山をあえて一番険しいコースを選んで登った記憶もあります。

4月には小生の親の墓を教えました。定年記念に小生の兄弟を招待してバス1台貸し切って、帰りは舘山寺温泉でした。

人は節目、節目に後継の意味で行動をとっておくものです。
それは費用と時間をかけてもなすべきことと思います。それが、次の世代への継承的行為です。自分のル-ツは大切です。


一応実家にもどった時には母から車を借りるか、母と一緒にか父母双方のお墓参りには行くようにしております。
母方の祖父は僕が2歳の時になくなっているのですが、母方の祖母の家に遊びに行くたびに夏の暑いときでも、冬の寒い時でも、扇風機よりもこたつよりも仏壇の前の座布団に座って線香に火をつけてはもわもわを眺めているという一歩間違えば危ない少年でした。

肯定的に考えれば、「じいちゃん想いの非常によい子」であったわけで(?)

そんな「戦争中も上官と碁の勝負に明け暮れていた」という母方の祖父のお墓の前で、基本やめてしまっているたばこを、この日ばかりはお墓に煙がもわもわかかるように吸うようにしております。
できればじいちゃんの好きだった「しんせい」を見つけてもっていくようにしているのですが。

小生の「二十歩」は広島の呉市の焼き山に多く有ります。ネットで調べると結構拾えます。墓の両サイドは明治に改名した(津村・葵さん)叔父・叔母の名です。
津村は昔は銭湯屋さんです、葵は外科医院です。呉の駅を降りて山に向かっていく途中に医院がありました。

呉の裏手「西条市・東広島市」には四十歩・六十歩という名があります。

昔、訓練生で呉中で教員をしていた、橋本さんが自分の担当した子に「二十歩」と言う名の人がいました。と。


四十歩・六十歩となれば2倍、3倍ですか
同級生に四十歩さんがいれば
「あいつの先祖おれの2倍も土地もってやがった」
と、なんだかちょっと悔しいですね(?よくわからない対抗意識)

ぱんださんの苗字など実に普通ですのでね。
東北地方は「藤」が苗字につくひとが多いですわね。
「藤」は藤原氏に関係があったということらしいですが。

「藤原氏を補佐する人」ということで佐藤さん
(ぱんださんの高校では「佐藤さん」は1クラスに4人くらいはいました)
「藤原氏に近い人」ということで近藤さん

ということはあれ?
ぱんださんの苗字って結構微妙ね(笑)

ネットで調べてみますと
「藤原式家百川裔あるいは南家工藤氏族、嵯峨源氏渡辺党。ほかに桓武平氏など」
全国で39番目に多い苗字だそうな。

先祖様が二十町歩の土地を所有していた事から来た命名との事。

学生時代の新学期では担任の先生が呼名する時、何時も小生の前で止まりました。
先生はどう呼んだら良いのか迷います。


となんだかかっこいい苗字に憧れたこともありましたし、ぱんださんの苗字の芸能人だとかあまりぱっとしたひとがいなくてなんだかさびしかったこともあるのですが、
「まー誰も先人にぱっとしたひとがいなくても結局は自分だから」
と最近は本当にどうでもよくなってしまいました。

陳腐な名前は良い時と都合悪い時があります。小生は氏名を書く欄が大抵は四文字が多くて一字はみ出してしまいますので、子供は一字です。

とぱんださん名前はそれほどでもないものの、苗字がやや画数が多く、中学校の時テストの時などはみなよりもスタートが出遅れると思ったこともありますが、高校のテストの時には(特に数学)名前以外特に書くこともなかったので(笑)
ゆっくり丁寧に書くようにしておりました。

四人の名は「祐・圭・翔・美奈」娘は本当は「舞」の予定でしたが、親戚の易者に見てもらうと漢字の画数が悪いということで「美奈」と。
小生は昔から落ち着いた「奈良」が好きでしたので、又、嫁に行くと名字は変わるとの判断にて「美奈」としました。


と訓練校在校時代ろくろで隣の546さんが
「ぱんだくん娘が生まれたら何て名前付ける?」
と突然。
と僕のお世話になった先輩が娘に「舞」と名前をつけたので、あーいいなとかねがね思っていたので
「舞かな。」
と答えたところ、546さんおっしゃいました
「ということは、舞ちゃんは何人前の彼女の名前?」

違います(笑)

(と後々聞いた話ですが、546さん在学中の6月頃に結婚されていたそうで、そして娘さんが生まれたそうで。ちなみに結婚とお子さんのことを在学中に知っていたのは20先生と担任のK先生だけだったそうな。
煮ても焼いても食えない546さんの僕への「娘が生まれてね」というお知らせだったのでしょうが、あまりに遠まわしで気がつきませんでした)

こんな感じで親というものは子に対して、名を付けるものです。
小生の「文雄」は母が「フミ」ということから付けられたそうです。単純です。5人の子ですから面倒だったったんでしょう。ガラス職人の親父としては。


完全に手を抜かれましたね(笑)
ちなみにぱんださんが女の子として生まれたのだったら「りえ」だったそうです。

長男夫婦の子供はいつでしょうか。楽しみですが。
現在は自分たちで家を確保すると貯金です。嫁の実家は各務原市です。
大学・愛知学院大でフラングディスク部の後輩です。実家のご両親は共に高校教員でした。両親共に広大です。父は工業高校・母は家庭科の教員。嫁の兄弟は兄が一人東京
在。結婚して子供一人。彼は北大です。
実家の各務原は大変大きな美しい家です。お父さんがまめな方で庭の世話などしっかっりやっておられます。


あららららららら。
なんだかお厳しい家庭の娘さんなのですね。
長男さんは父親の姿を反面教師としたとかで(笑)かなりしっかりされているお方だと聞いておりますので大丈夫なのでしょうが。

と現在の会社上司のIさんも長男、次男、長女と20先生のお子さんとなんだか並び順番が似通っているのです。
よくもわるくも中国という異国でもなんだか言葉分からなくても楽しく、あまり仕事せず生きているぱんだをみて
「うん。これほどまでに優秀な人間はそうはいない」
とずいぶんとほめてもらっているにも関わらず
「君みたいな人間が娘をもらいにきたら断固拒否する」
とその点は厳しいお父さんなのであります(笑)

この後、我家は二男・三男・長女とどんな相手が出てくるのか楽しみですが。

楽しみなんですか?不安もあるでしょうに。
そんなこと言っていると娘さんが「売れない長髪金髪で鼻ピアスのバンドマン」とか家に連れてきますぞ(笑)
ねこさんたち大脱走!

まだまだ、お金が必要です。結婚は相手の経済状況に合わせなくてはいけません。
経済は妻任せです。


えー個人的事情からこのコメントに返信をすることは避けたいと思います(笑)

家族全員が「健康」で生きていけることを日々祈念しています。
「健康」の幸福は家庭を繁栄させる基盤と心得ています。子供たちには小さいころからスポ-ツで体の鍛錬を意識的にやってきました。

四人の子供たちは全員、剣道です。長男は高校二年で三段を取りました。二男も初段まで。三男は南山大でアイスホッケ-副主将まで。娘は地元駄知スポ-ツ少年団で剣道を続け、今はトロンボ-ンで活躍してくれています。

長男は嫁と未だフライングディスク社会人大会など参加している様子です。
長男は大学二年でナショナルチ-ムに選抜されて世界大会に(ハワイ大会)に参加。

社会人一年目にドイツ大会に参加したいと会社の上司に言って顰蹙ものでしたが、結局参加させてもらったようです。


剣道の初段やら三段やらというのは並ではないですからね。
ぱんださんも剣道やってみたいなと(小学校の頃やっていたこともある)
広州であれこれと探したところ
台湾人のお方が指導されている剣道教室を広州で発見したのですが
「九段」
の文字をみて、びびってためらっております。

二男は社会人になって妻と同じ社会福祉の世界(老人介護施設)で働き、準看護師の資格を取りました。大学は中京大の法学部でしたが、進路変更です。
現在、岐阜県立衛生看護学校に在籍です。正看護師は3年かかる所を2年で取れる大変厳しい学校で学んでいます。
何といっても、四大出てからですので最速で資格確保です。

小生に何かと医学的に詳しく生活・飲食にうるさい事。


二男さんとは一度だけ電話で軽くお話させてもらったことがありますが、
二男さんも父親の姿を反面教師としたとかで(笑 二回目)

確かに20先生のお酒は息子さんとしては心配でありますわな。
ぱんだが20先生宅にお邪魔するに当たって、ありがたいことに20先生ぱんだ情報を奥様にあれこれと伝えてくださっていた模様でして
「ぱんださんはお酒を飲まないだなんてなんて好青年!」
と好印象だった模様。
こんなに簡単に好青年になれてしまっていいのでしょうか(笑)
ただ体質的にお酒が合わないだけなのですが。

逆にいえば
奥様は「30年間お酒を飲み続けた男をそばで見てきた」
ということなわけで(笑)
僕も中国旅行の時に1週間だけみましたが、それはそれは心配ですもの(笑)

みんな、子供は目標を持って生きています。親としては感謝です。貧乏ですが。
親も未だ、現在進行中です。


貧乏だなんて何をおっしゃいますか。退職金と埋蔵金の存在を知っておりますぞ。
とはいえいくつになっても進行中ということは生きていくうえで必要なことです。
陶芸ってそういう意味ではいつまでも続けることが出来るものですしね。

と20位ありがとうございます。
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ブログ交換日記74

ぱんだ君へ

写真で拝見している限り、粘土の質感は良好です。
後は「造形」表現と少しの表面処理テクスチァです。もし写真のものを生かすとしたら口の処理が甘いので鋭角に切ることでしょうか。又、食器に生かすなら、大きさを変えて「入れ子」として、創っては如何。


あーありがとうございます。
「粘土の質感を生かす」
ということがなんとなくわかったような気がいたします。

となんとなくわかったばかりなのにえらそうなことをいいますと

昔の、といいましてもついこのあいだまで
陶磁器産業というものは、地元で取れる原料を、地元に伝わる焼成方法やらで、地元の人間が焼くものであったわけで。
「原料」
に出来るものが左右されるわけですな。

その土味をいかして、益子ならば壷だったり、常滑ならば急須だったりしたわけで。

今これだけ流通が発達してしまうと、粘土も取り寄せることができて、作り手である我々も情報を持っているわけで、となると
「これからは茶碗が創りたいからこういう土を取り寄せよう」

「創りたいもの主体」
に移り変わってしまっているわけで。

ついこのあいだまでその穴に落ちていた人はいう資格もないのですが、創りたいもの主体というのは非常に危険なことだなと。

伝統からも切り離されてしまうし、いってしまえば寄りかかっているのが「創りたいという自分」でしかなくなってしまうわけで。

ぱんだはオブジェ以外ならば
「こういう食器を創りたい」
というものが全くないために(それもそれで問題なのですが)
ひたすらに土やら、今の環境で出来るものを生かそうと

(先日まで湯のみのこだわってしまっていたのは先生からもらった湯飲みを模倣し技術をものにしたいというところだったのですが、ラスターなんかがでちゃってきれいになっちゃったものだから色気がでましたごめんなさい。)

「掘った土の味を生かしさえすればよい」
そんな自分の意思がなくてもいいのかな?と疑問に思うこともあったのですが、
「それでいいのだと」天国の赤塚先生もおっしゃっているので
オブジェ以外ならばその道を行きたいぞと。

「オブジェの時にどうしてその土を使うのか?」
というところが先日大きなものを作っている時に最後の最後まで落とし込めなかった問題点ではあったのですが。

いろいろと原料のことを考えると民芸運動の視点の偉大さを感じざるを得ません。

口の処理の鋭角のアドバイスありがとうございました。
と写真のものは紐つくりなのです、あちらこちらゆがんだところがあってそれが逆に良いかなと思っているのですが、大量につくるぞとなったときにろくろでも良いでしょうかね?

と食器ではないのである程度の厚さを残した方が逆に良いのでしょうか?
ぱんだの場合薄くつくれと言われても困ってしまうのですが(笑 この粘土では鉄があたって難しいこともありますし)

「入れ子」の場合ですと「お皿」ということでしょうか?
そうなるともうちょっとアーチを平らにする必要があるのでしょうかね?

詳しくはまた電話させていただきます。

専門校の悪がき3人衆は香港に連れて行ってもらえるのでしょうか。なんと!羨ましい。

20先生香港行ったことないって言ってましたっけ?

と香港より先ほど帰ってまいりましたが、普段と変わらず入国出国もスムーズに。
ペルシャ系のおじさんなんぞはずいぶんと入国審査を厳しくされていました。スーツケースもあけられていましたし。
女子サッカーなどのブーイングを見ていますと国民感情は分かりませんが「日本人はテロなどの破壊活動はしないようである」という信用があるようで、すすっと通してくれます。

と香港というよりも
「国境を越える」という感覚を知ってもらえたらなと。

香港ですとバスでしか国境を越えられませんが、マカオですと歩いて国境を越えることになります。
島国日本ですとそういう感覚なかなか体験できませんし、
僕は何度も通っておりますが、あまり出歩かない営業のTくんを連れてマカオ香港を回ったことがありましたが
「いやー、名古屋の本社にあれやれこれやれとわずらわしいことが何だかちっぽけに感じましたよ!」
とあー連れて行ってよかったなと。

6月の就職説明会の時に
「おれ海が好きなんすけど、海近っすか?」
と就職とはあまり関係のないことを質問したお方もいましたし(笑)

そんなFくんのために(笑)
マカオ→香港フェリー移動を考えております。
(ぱんださん船酔いするのにも関わらず(笑))

さしあたり前半部分返信させていただきました。後半は少々お待ちを。
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ブログ交換日記73

昨日、美濃陶芸協会の青○先生が8月26日から中国陶磁の旅で28日景徳鎮陶磁学院に訪問との事。また、江山市にある珍しい轆轤をみたいとのことです。

江西省海外旅行会社の「宋小凡経理」に電話しました。


「オリンピックの前後はなにがあるか分からない」
とは前々から言われておりますので心配は心配ですが、さすがに東京よりも北京より距離がある広州にいますと
(とある友人より「中国にいるなら北京の開会式見にいけるね!」とメールを頂きましたが、残念なことに中国は本当に大きい国です(笑))
さほどオリンピックの熱気は伝わってきませんし、町もまったく変わらずであります。

まず、貴国のオリンピック盛り上がりはいかがかと。
旅行社は暇です。特に北京は観光客目当てでホテルが乱立気味で宿泊代がかなりのダウンとの事。
また、日本は例年に無く暑いと言いますと「南昌」は連日なんと!38℃との事。
以前から暑いと聞いてはいましたが普通ではありません。

ぱんだ君の従化市は如何なものでしょうか。


町を歩いていてもたまに2008オリンピックTシャツを着ている人がいるくらいですかね(笑)
ただ工場としてはオリンピック期間に事故があったり、怪我人がでたりすると海外の目があるのであれこれと相当やっかいなことになるそうで気をつけて欲しいとお達し。白い水が流れ出ております排水も頼むよと(笑)

と6日より我が工場に来ていただくお三方、特に連絡を取り合っておりますUさんにこちら本当に暑いですから気をつけてくださいね
と連絡したところ
「僕は暑いのは平気なので大丈夫です!」
との返信。
彼の姿形をみていると
「暑さに強い」納得です。むしろ失礼いたしました(笑)

小生の猫どもはこの暑さで毛皮ですから午後など一番涼しい所でぐっすりと昼寝です。
明日は5匹とも行水の予定です。爪で引っかかれますので大変ですが。
特に「女性の熊ちゃん」はすごいです。大人しいのは男性の「チャチャ君」です。


もー猫好きのお方はみながみな
「うちの子が一番かわいい」
と思っている困った人種であります。
「旧正月日本人も中国人も実家に帰るのが習慣なのに、ねこにえさをあげる人がいないから」
と一人工場に残ったぱんださんは全く人のこといえませんが。

わが工場でもあちこちでねこの毛皮がごろごろ転がっております(笑)
黒猫の千代さんは
「おれ皆より余計熱吸収するから暑いのです」
とぐったりぐったりです(夕方より急に元気になる)

畑の水遣りも朝と夕方の仕事です。今年はミニトマトが豊作で食べきれません。
中国に送りたいです。専門校に持参しては訓練生に食べてもらいましたが、夏休みとなってしまいどうするか。近くの修了生に持参しますか。近況伺いがてら。


トマトさん中国に届いたころには発酵して「軽くお酒化」しているのではないでしょうか(笑)
白い粉末は持っていかないようにやら、あれこれ対策しているのに
「なにやら赤いぶくぶくしている液体を持っている怪しい3人組」
など絶対に入国させてもらえませんぜ(笑)

と帰国前のMOMO嬢などは日本から遠く離れているということもあってか
「同級生がいったいいまどうしているやら?」
ということを気にしていましたね。
あれこれと近況聞いてみたいものでございます。

同級生同士結婚して駄知に住んでいます。近年は良い「志野」が出来ています。
食べる主力は市内の製陶所に週何回と動力ろくろに稼ぎに行っています。
自分の作品がもっと売れれば良いですが、時代が違います。

作家オンリ-食べていける時代は終わったと小生は認識しています。陶芸協会でも大変な作家を多く見ます。何をして食べているのでしょうか。

物創り一辺倒では駄目です。会社に勤めに行ったり、陶芸教室で講師をやったり、年金が主力であったり。ほんの一握りの作家がクリエイテブな空間で生きているのが現状です。

創ることより如何に何処でどんな作品を買って貰うかにかかっています。
もう、バブルのような高額な陶芸作品が売れる時代は無いでしょう。


となりますと
「訓練校のグラウンドを個展発表の場」
にすらしていた「場がなければ場を作る男」ぱんださんの独壇場ですな(?)
ウェルカムぱんだ時代(笑)

年々縮小傾向にある日本の陶芸界ですもの。
その中でもがくのではなく、その中から出る

①日本を離れる
②陶芸界ではないところに陶芸を持っていく

などがポイントになってくるのではないでしょうか。

と6日にいらっしゃるお3方よくも悪くも
「恐ろしいほどやんちゃ」
なのだそうで、
「4人で日本の陶芸界をいかにひっくり返すか?」
について熱く激論を交わしたいと思います(笑)

Fくんあたりが
「ぱんださーん何言ってるんすか。軽いっすよ軽く出来ますよー」
なる発言をしてくれそうですが(笑)

まもなく、多治見市で国際陶磁器フェステバルが開催されます。修了生が入選しています。特にデザイン部門の大賞受賞者の太田貢氏は専門校の昔の修了生です。

小生が勤務する前の修了生です。しかし、余り窯業訓練校卒業生との宣伝はありません。本人は余り語っていないのでしょうか。後輩のために修了生であることを喧伝して欲しいものですが。

となりますと30年近く前の卒業生ということになるのでしょうか?
最近訓練校にいらしていないのであれば、当時の訓練校はおそらく最盛期の頃でしょうから「訓練校のために宣伝」という感覚が出てこないのも仕方が無いことなのかも知れません。

とネットで太田さん検索。
あー見たことあります。日本現代陶彫展のオブジェももみたことあるわ。
受賞された作品は繊細なものでした。

お祭りとしての効果はありますが、地元陶業界は何のうるおいも無く批判もあることも事実です。

そうでしょうな。陶器の町ということでのアピールは出来るのでしょうが、美術館にお客さんが入ったのだとしても、地元には残念なことにメリットは薄いのでしょう。
官から民へいかにお金の流れを作るのか。民から官へというのは税金という形で流れているわけなのですが、下世話なお話なのかも知れませんが一方通行の関係性というのは非常に不安定です。
「Give and Take」
言い方を変えるならば
「All Win」
の関係性を創ることが必要とされるのでしょう。

「官から民へ」の一つの形として「窯業訓練校」というものが存在するわけです。
窯業界からの税金を「優秀な技術をもった人材」という形で還元すると。

「優秀な技術をもった人材」
であるかどうか?などぱんだの素性を知ってしまえば疑問符がつくのも当然ですしなおかつ
「愛知県どころか海外に就職しやがって!」
など、「All Win」などと口が裂けてもいえない立場であることは重々分かっているのですが。

小生にも協賛事業で「美濃陶磁展」出品依頼有りましたが、今回は辞退しました。
定年を迎え次のステップが正確に定まっていない現状で今一乗り切れない気持ちですので。

定年後、少しの空間を経て創りたいとの気持ちが熟してきたら取り掛かるつもりです。
中途半端な気持ちで納期に迫られて来た気分を充電するつもりです。


とですわな。20先生の今の状態はなんだか困りましたよね。
「好きなら好き、嫌いなら嫌いってはっきり言ってよ!」
と気の強い女性ならばきっとそういうのではないでしょうか(笑)

とはいえお墓参り等々一つ区切りをつけるべく動かれてらっしゃるので、前向きでいらっしゃるのだなとは思っているのですが。

「期限内に創らなくてはならない」
というのはプレッシャーでもあり、ある意味ではありがたいことですね
在校生の時に
「人は何かしら目標やらがないと動けんものや。目標もなしに動けるやつなんぞばかか天才や」
と話をしているのを聞き
「なんの目標もなく土を掘り続けていた」ぱんださんは
「あー俺って天才なんだな!」
ともう一方であることなど全く考えずに(笑)最高のほめ言葉と受け取ったのですが(勝手に)
いやいやなかなかどうして中国収容所生活が長くなって刺激が少なくなってきますと
「あーやっぱり俺はもう一方だったのかな?」
だなんて弱気になったりもしますが(笑)
そういう時に納期やらがありますと、まぁがんばるぞとなりますしね。

18位とまた桑田です。
ちなみに僕の弟は松坂にちょっと似てます。
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山 LOVE P

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と通訳の張さんはジャニーズの山下智久くんが好きらしく
(ぱんださんこの青年のこと全く知りませんでした。そして彼の良さもあまり分からない)
先日のカラオケ大会では「抱いてセニョリータ」を熱唱してましたし。

しかし中学生が学校の教室に修正ペンで
「LOVE◎◎」
と書くような雰囲気であります。

いい会社です。

と中国でも「韓流ブーム」らしく
日本人アイドルよりも韓国人アイドルの方が人気だそうで
あまり山下くんのよさは分からないけれども、日中友好のためにも山下くんにはもっと頑張ってもらわなくてはなりません。

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鉄の塊

と2日土曜日夜から3日日曜日夕方にかけてちょっと香港に今度来るお3方の下見で行ってきます。
オリンピック前で国境がどのくらい混んでいるのやらちょっと体感してきます。

ねこのかたまりがあると思えば、鉄のかたまりもありました。
20先生より、「食器にこだわらずに土の個性を生かすように」
とのご指摘。

ふーむと悩んでいたところ、ふとそういえばオブジェ用として炭に埋もれ焼成したものがあったはずと。

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表面がてかっとしているのは泥でよごれていたので洗って水分が残っているからでして無釉です。

あーいい感じじゃん。オブジェの実験用でつくったからいまいちだなと思っていたけれどもお花を植えます、ハーブを植えますとすればなかなかではないでしょうか。

そして
「ムダに固い」

季刊誌「銀花」の沖縄特集の時にやたら鉄分が多い土をつかってとっくりを作っているひとがいて、それこそ飲んでいるうちに喧嘩になった時には
「武器としても使用できる」
ほど固いそうで。

そのとっくりをもったことはないけれども、近い強度があるのではないでしょうか。

「焼き物」を持っていると、壊れないかという不安感のようなものが常にありますが、むしろこの鉄塊を持っていると、「どこからでもかかってきなさい!」という安心感があります(笑)

ふむ。ちょっとたくさん作ってみようかしら。

今日も押してくださいな。よろしくお願いいたします。
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ねこだま

とちょっとわかりずらいのですが、いすと粘土練り台の間にねこさん
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フラッシュを焚くとみないやがります。けど暗いので我慢してください。
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そして今日は粘土練り台の上をどーんと占領。
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ははのサスケはカメラ目線です。

先日は石膏型のなかでねこさんら寝ていました。
毎日いろいろなねこだまバージョンがあるらしく楽しませてもらっております。

18位と桑田お疲れさま。
おとといかな、清原にバッティング練習のピッチャーをしたそうで。
巨人時代の桑田くんはあまり好きではなかったけれども(ただぱんださんがアンチ巨人なだけですが)
古武術の動きをピッチングに取り入れたり、ベテランながらも大リーグに挑戦しパイレーツに移籍と安住せずに戦い続ける姿に感動しました。素敵です。
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H大学現代日本文学H江ゼミ

と6月の帰国時東京にて大学のゼミの同級生と会ってきました。
何年ぶりでしょう?6年ぶりだった人もいました。

ぱんださん実はゼミ長だったりしまして、とはいえ卒業論文をみなと一緒ではなく、提出したのは1年後だったりしたのですが。

と当時面白半分でゼミ同級生の「CちゃんとMくんをくっつけようぜ」
うひひひひ、とやっぱり同級生のMちゃんとあれこれ画策して見事成功。

とMくんとCちゃんそのまま8年つきあって今度結婚するのだそうで、Cちゃんから久々にメールをもらったと思ったらそんなことが書いてあって逃げ出したい気分にすらなりました。(すでに日本から逃げているのに)
と同じく画策して笑っていたMちゃんもHくんと結婚だそうで(Hくんともちょっと会ったことがありました)めでたいめでたいと久々に集まろうではないかと。(ゼミは違いましたがHくんも来てくれましたありがとう。)

とでてくるわでてくるわ当時のくだらない過去のお話。

「ぱんだくんゼミ合宿の時にゼミ長のくせに遅れてきて、かと思ったら講義が始まっていたので入りづらかったなどと言ってやっぱり遅れてきた一年下の男の子と施設の卓球ルームでいい汗流していた」

だとか

Cちゃんからも
「Mくんのことであれこれ悩んでいて相談の電話をぱんだくんにかけたのにものすごく機嫌が悪かった」
と言い訳させてもらいますと「夜中の3時半に電話」がかかってくればそれは人間ならば機嫌が悪かろうに。

Mちゃんも
「Cちゃんと一緒にぱんだくんの木造の風呂なしのアパートに遊びに行ったら、なんだかたけのこご飯をご馳走してくれて。やたらとたけのこが大きくて何度も指摘したのに『この方がおいしい』『この方がおいしい』と全く聞かなかった」
だとか。

しかし笑ったなぁ。こんなに楽しかったのは久々でした。

モノを創るということであれこれと自分の原点を見つめなおそうと思っていた矢先でしたので、自分すらすっかり忘れていた「たけのこご飯」やらの原点(?)をまた思い出させてもらった本当にいい時間でした。

MくんCちゃんおめでとう。MちゃんHくんおめでとう。
両方の結婚式に呼んでいただいているのですが、帰国がどうなることやら。
いけたら2次会にいきますと、式は申し訳ないのですがお断りさせていただきました。

中国から電報ってどうやって打つんだろ?

せっかくなので続きます。
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